本記事では、セイント・ヴィンセントの経歴と活動を解説します。
気楽にお楽しみください。
Enjoy.
各項目へ進む場合は、目次からどうぞ。
1.セイント・ヴィンセントの経歴
セイント・ヴィンセントこと、アニー・エリン・クラークは、1982年9月28日生まれ、オクラホマ州タルサ出身のアーティスト。
現在はニューヨークのブルックリンを拠点に活動するシンガーソングライターです。
セイント・ヴィンセントの魅力は、常識にとらわれない表現力にあると思います。
セイント・ヴィンセントは12歳でギターを始めたそうですが、とにかく、そのギターのフレーズセンスが非凡なんです。ノイジーで尖った音像を作り出す音作りとフレーズに、奇妙なほどに高貴なボーカルとのバランスに、他者には代え難い強烈な個性があります。
セイント・ヴィンセントを強いて、他者と引き合いに出すなら、パティ・スミス(1946)、スージー&ザ・バンシーズのスージー・スー(1957)、ビョーク(1965)、PJハーヴェイ(1969)、フィオナ・アップル(1977)など、さらにはビリー・アイリッシュ(2001)とフィニアス・オコネル(1997)兄妹を一人で既に演ってたかのような、独自の感性と、表現方法を大切にしてきた偉大なアーティストたちの文脈で語ることができるように思います。
ちなみに、セイント・ヴィンセントは、親戚(おじ)が、タック&パティ(ジャズ・デュオ)だったりします。
セイント・ヴィンセントは、2015年に、4thアルバムSt.Vincentが、グラミー最優秀オルタナティブ・ミュージック・アルバム賞を受賞。
さらに、2019年には、5thアルバムMasseductionに収録のMasseductionが、グラミー最優秀ロック・ソング賞を受賞しています。
Masseductionの詳細は5thアルバムの項目で!
セイント・ヴィンセントは、現在までに6枚のスタジオアルバムをリリースしています。
また、2012年には、巨匠デヴィッド・バーンとの共作した、Love This Giantをリリースしています。
Love This Giantは、デヴィッド・バーンらしいアフロビートのバランス感が秀逸なポストパンクセンスと、セイント・ヴィンセントらしい尖ったアートセンスが生み出すギターリフとの組み合わせが、格好いい作品です。
では、ここからはセイント・ヴィンセントのアルバムを見ていきましょう!
2.1stアルバム
タイトル | Marry Me |
リリース | 2007年7月10日 |
レーベル | Beggars Banquet Records |
2007年リリースのデビューアルバム、Marry Me。
ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、パティ・スミス、ビョーク、ナイン・インチ・ネイルズ、トム・ウェイツ、デヴィッド・ボウイ、イギー・ポップなど、ニューヨークパンクと劇場型アートをグルグルと混ぜ合わせ、なめらかで、しっとりとしたビロードで覆ったような、スムースで、ドリーミーな作品。
本作で、セイント・ヴィンセントは、ボーカルとギターはもちろんのこと、ベース、ピアノ、ムーグシンセ、ヴィブラフォン、プログラミングなど、マルチな才能を披露しています。
個人的には、ジャズボッサ的流麗で心地よいギターのHuman Racing、インダストリアルな肌触りがありつつ、燃え上がるようで情緒豊かな展開のParis Is Burningが好き。
マイク・ガーソン
また、本作にはデヴィッド・ボウイやナイン・インチ・ネイルズの作品制作に携わっているピアニスト、マイク・ガーソンが参加(We Put a Pearl in the Ground)しているところもポイントです。
セイント・ヴィンセントの持っている劇場的な、エンタメ性や芸術性は、たしかに、デヴィッド・ボウイやナイン・インチ・ネイルズとも通ずる要素がありますし、マイク・ガーソンの参加と聞くと、なんだか腑に落ちます。
3.2ndアルバム
タイトル | Actor |
リリース | 2009年5月4日 |
レーベル | 4AD |
本作は、デビュー時在籍していたベガーズ・バンケットから、イギリスの名門インディーロックレーベルの4AD(同ベガーズ・グループ)に移籍後の1作目となる、セイント・ヴィンセントの2ndアルバム、Actor。
本作は、ディズニー作品とウッディ・アレン作品からインスパイアされているそうです。非常に、ドリーミーで、ロマンチックな作品。
個人的には、フレンチホルンが穏やかに浮遊しつつ、少し不気味に漂うストリングスがスリリングな、Black Rainbowや、シングルカットもされているオルタナパンク調のActor out of Workが好き。
Black Rainbowなどの脱力感はフィオナ・アップルを彷彿とさせます。湖畔で聴きたい。
本作でセイント・ヴィンセントは、ギターによる作曲ではなく、ディズニー作品とウッディ・アレン作品からのイメージを膨らませていくプロセスとして、Garage Bandを使用してアレンジしていくという手法をとっています。
そのため、全体的にギタリストとしてのセイント・ヴィンセントの魅力は控えめとなっている本作。
とはいえ、一方で、下記にもあるように、セイント・ヴィンセントは、ギタリストとしても非常に評価が高い。
彼女の音楽性は、タック&パティはもちろん、ニール・ヤングやマイケル・ジャクソン、キング・クリムゾン、フランク・ザッパ、スレイヤー、メタリカといった多様なスタイルから形成されていく。
出典:ギタリストとしてのセイント・ヴィンセント
ちなみに、セイント・ヴィンセントが使用しているギターは、シグネチャーモデル。
ジョン・コングルトン
本作のプロデュースは、セイント・ヴィンセント自身と、敏腕グラミー受賞プロデューサー、ジョン・コングルトンです。
ジョン・コングルトンは、本作から4作品(デヴィッド・バーンとのLove This Giant含む)をプロデュースしていくことに。
また、ジョン・コングルトンは、ジョン・コングルトン・アンド・ザ・ナイティ・ナイトとして、アルバム・デビューもしています。
Actor out of Workのアレンジなどに、ジョン・コングルトン節ががっつり効いてるなと思います。
4.3rdアルバム
タイトル | Strange Mercy |
リリース | 2011年9月12日 |
レーベル | 4AD |
本作も、先述のとおり、プロデュースはジョン・コングルトンが担当。
本作はシアトルで一人の時間を作りながら作曲を行っており、その制作過程をセイント・ヴィンセントは、「孤独実験と浄化」と表現しています。
そのことからも伝わってくるように、実験的なサウンドメイクが特徴となっており、前作で控えめだったギターが、本作では1曲目から強烈な挨拶をお見舞いしてくれます。
本作のキーは、ギターとボーカル。
ワイルドでドスの利いたギター、そして、力強くも繊細で、エレガントなボーカル。そんな、セイント・ヴィンセントの真骨頂的コンビネーションが本作にはぎっしり詰まっています。
ド頭のChloe in the Afternoonでいきなりのビョークばりのスピリチュアルボイスと、ジャック・ホワイトばりの爆裂ファズ・ギターにぶっ飛ばされました。
個人的には、ヘッドライトの明かりを見たり見なかったり、虚ろでクラクラしてるような気分にさせてくれるヤバメロウなStrange Mercy、淡々と日常を切り取っていくようななだらかなボーカルにユニゾンで絡んでくるファズギターと、後半への展開がR.E.M.とマニックスを同時に味わうような雄大さと脱力感が面白いDilettanteが好き。
シングルカット
浮遊感と深淵なシンセワークから、変幻自在なギターが飛び回り、次第に組み立てられていくテクノシーケンス的なフレーズが不気味なSurgeon。
トーキング・ヘッズから、フランツ・フェルディナンドまでをつなぐような、あっけらかんとしたリフと、ぶよぶよテルミン風味なギターソロがクセになるCruel。
4ADらしいMVが怖くて、つい見ちゃう。
ドゥームメタル化したビリー・アイリッシュかと思うほどのダウナーなムードをまとったCheerleader。
これら3曲は、それぞれ本作からシングルカットされている楽曲で、プロデューサーのジョン・コングルトンの手腕がかなり効いており、ダーク。
5.4thアルバム
タイトル | St. Vincent |
リリース | 2014年2月24日 |
レーベル | Loma Vista |
そして、本作が、グラミー最優秀オルタナティブ・ミュージック・アルバム賞を受賞した4thアルバムSt. Vincent。
本作は、セイント・ヴィンセントの作品中、かなり親しみやすい人懐っこい作風に仕上がっています。
なお、本作は前作までのリリース元であった4ADから移籍し、ロマ・ヴィスタからのリリースとなっています。ロマ・ヴィスタは、イギー・ポップ、コモン、ロバート・グラスパーなどが在籍しているカリフォルニアのレコード・レーベル。
Devo的な前のめりなグルーヴ感と、TV on the RadioやBloc Partyに共通する妙に郷愁感があるポストパンク・リヴァイヴァルのムード漂うBirth in Reverse、デヴィッド・バーンへのリスペクトをぷんぷん匂わすDigital Witness、レイドバックしたグルーヴが心地よいPrince Johnny、ホワイト・ストライプス、はたまた、ブライアン・メイを彷彿とさせるギターハーモニーが特徴的なRegret、以上の4曲が本作からシングルカットされており、この4曲を聴くだけでも、いかに本作がキャッチーで端的にロックを昇華しているかが伝わるのではないでしょうか。
なにしろ、セイント・ヴィンセントこと、アニー・クラークはマルチな才能の持ち主でありながら、本作ではボーカルとギターのみに集中しているほど。
ギターが痺れる格好よさ
個人的には、ゴキゲン・フランク・ザッパ meetsミューズ×ジェーンズ・アディクション的な力強く呪術的なBring Me Your Lovesと、CANmeets!!!的な淡々としていてダンサブル、かつ、不気味なEvery Tear Disappearsが好き。
下記の動画、Bring Me Your Lovesのブリッジ部(1:38〜)で、ギターを弾くアニー・クラーク、超格好いい。
なんだろう、この、格好よさ。キーズ・レヴィンとか、マーク・リボーとかと同列で聴きたくなる。
そして、本作含めて4作続いたジョン・コングルトンとの制作は本作で完結。
6.5thアルバム
タイトル | Masseduction |
リリース | 2017年10月13日 |
レーベル | Loma Vista |
本作は、アニー・クラークの魅力である鋭くアヴァンギャルドなセンスと、やや埋もれがちだった儚く繊細な優しい手触りのメロディの双方を丁寧に紡いでおり、併せてヒップホップを筆頭とするブラック・コミュニティーとの共存を実現した意欲作となっています。
もちろん、エレガントファジーな「野獣っぷり」も健在。
そして、色彩豊かな中に、インダストリアルな響きもあり、辛辣。
個人的には、キレキレなハードテクノ仕様なSugarboy、シングルカットされているNew Yorkにも通ずるジョニ・ミッチェル的清々しさとトム・ウェイツ的寂寥感をまとったHappy Birthday, Johnnyが好き。
グラミー
なお、冒頭で紹介したとおり、本作収録のMasseductionは、グラミー最優秀ロック・ソング賞を受賞しています。
じんわり心に沁みるNew York、アニー・クラークらしい重厚さをまとったLos Ageless、軽快なグルーヴと持ち前のトリッキーなギターソロ炸裂のPills、そしてグラミー受賞曲のMasseduction、以上の4曲が本作からシングルカットされています。
ディープな面々
本作のプロデュースは、テイラー・スウィフト(Out of the Woods、I Wish You Would、You Are in Love、Look What You Made Me Doなど)、ラナ・デル・レイ(Norman Fucking Rockwell、Chemtrails over the Country Club)、ロード(Melodrama、Solar Power)など、シンガーソングライター系アーティストのプロデュースを得意とするジャック・アントノフ。
ジャック・アントノフは、本作収録のMasseductionを含む5作品で、グラミー賞を受賞しており、売れっ子プロデューサーです。
さらに、本作にはドクター・ドレやエミネムの共同プロデューサーとしても知られているマイク・エリゾンドがベースで参加(Pills、Fear the Future)。
さらには、ロック・ソウル・ブルース・ファンクと、なんでもこなすグルーヴ職人、ジョン・メイヤーのバンドメンバーとしても有名なピノ・パラディーノも参加(Savior)。
さらにさらに、サウンウェイヴこと、マーク・スピアーズと、カマシ・ワシントンもPillsに参加しており、多くのケンドリック・ラマー作品に携わる名手が揃いも揃って参加しているという点は見逃せません。
※2017年は、ケンドリック・ラマーのDamnがリリースされた年でもあります。
そして、Young Loverには、マーズ・ヴォルタやオマー・ロドリゲス・ロペス作品でミックス・エンジニアを務めてきたラース・スタルフォルスがシンセサイザーとプログラミングで参加しており、ディープなつながりを垣間見せる面々に身震いが止まらなくなります。
ちなみに、本作には親戚のおじさんとおばさん、タック&パティもヴォーカルで3曲に参加しており、益々ディープ。
7.6thアルバム
タイトル | Daddy’s Home |
リリース | 2021年5月14日 |
レーベル | Loma Vista |
本作6thアルバム、Daddy’s Homeは、前作に続き売れっ子ヒットメーカー、ジャック・アントノフによるプロデュース。
本作は、70年代のニューヨーク、特にダウンタウンのムードからインスピレーションを得ているそうで、たしかに、4th、5thアルバムあたりのアヴァンギャルドな気配は少なく、気だるく、どこか牧歌的で、過去を懐かしむ趣をもった本作。
音楽的には1970年代のイーストヴィレッジ、ローワーイーストサイド、チェルシーなどの、ダウンタウン・ニューヨークをイメージしているのよ。
出典:セイント・ヴィンセント インタビュー「70年代ダウンタウン・ニューヨークと、ダディとの絆を描いた新作アルバム」
本作がメロウで、メランコリックな色調なのは、アーティストとしての成熟も関係ないこともないとはいえ、なにより「父」への複雑な思いをストーリー化している「コンセプト」だからでしょう。
父は刑務所に12年間に入っていて、2019年に出所したのよ。
出典:セイント・ヴィンセント インタビュー「70年代ダウンタウン・ニューヨークと、ダディとの絆を描いた新作アルバム」
上記のとおり、アニー・クラークの父、リチャード・クラークは金融犯罪で服役しており、2019年に出所、「Daddy’s Home=父帰還」となりました。
70sフレイバー
猥雑で、でもエレガントでメロウな、70sフレイバーが本作を支配しています。とはいえ、そこは、セイント・ヴィンセント、ただの70sオマージュに終始することはなく、映画のようにエモーショナルなストーリー展開にはオリジナリティが溢れています。
プリンス的な芳しいファンク成分と、デヴィッド・ボウイ的臨場感が粋なPay Your Way in Pain、ちょいちょい入るシタールの70sサイケデリック的解釈と、これまたデヴィッド・ボウイ的儚さのコントラストがまぶしいThe Melting of the Sun、スティーヴィー・ワンダーを彷彿とさせるクラヴィコードづかいと、スライ・ストーンのお家芸的メロウファンクの香りで、思わずむせ返りそうになるDown、こちらもプリンス的な極上アコースティックファンクが過剰なほど下品極まりないDaddy’s Home。以上の4曲が本作からシングルカットされています。
個人的には、あふれだすような感情の爆発を抑制するような、まるでデヴィッド・ギルモアのギターソロのように、ドラマティックな展開のLive In The Dream、かなり芸が細かいスライ的な渋ファンクに仕上がっているDownが好き。
8.結論、ワイルドでエレガント
セイント・ヴィンセント、ワイルドでエレガント。自分自身を野獣と形容できる懐の深さ。
また、セイント・ヴィンセントの魅力は、ライブでも多種多様なアーティストと共演したりと、繋がりの幅も広いため、多種多様な音楽ファンにアプローチしていけるアーティストであり、ギタリストである点も大きな要素かと思います。
※Masseduction収録のPillsで、カマシ・ワシントンのテナーが味わえます。
ちなみにですが、記事内でちらっと紹介した、セイント・ヴィンセントが使用しているこの、なんともいえない、レトロフューチャー&クラシックカーのような、ホットなギターは、アーニーボール製のセイント・ヴィンセント・シグネチャーモデル。14万円ほど。
それと、セイント・ヴィンセントが愛用するファズはZ.VexのMastotronです。
最後に、セイント・ヴィンセントは、2022年に始まるレッチリの世界ツアーの、2022年9月10日ボストン公演のスペシャルゲストを務めます。
それにしても、レッチリのツアー、スペシャルゲストが、スペシャル過ぎる。
こちらで日程等、詳細をまとめております
» 「レッチリ2022世界ツアー情報!【図解ツアー順路】」
今日は以上です。
skでした。
最後まで読んでくださりありがとうございます!
記事が参考になりましたら幸いです。
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